社労士が解説:労務管理実践編④ ハラスメント防止対策と職場環境整備
- 代表 風口 豊伸
- 5月19日
- 読了時間: 13分
更新日:5月20日
はじめに
前回の記事では、「メンタルヘルス対策と休職・復職支援の実務」について解説しました。企業における適切なメンタルヘルス対策が、従業員の健康維持と企業の持続的成長を支える重要な経営戦略であることをお伝えしました。
今回は労務管理実践編の第四回として、2020年6月から強化された「ハラスメント防止対策」に焦点を当てます。改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)の施行により、すべての企業にパワーハラスメント防止措置が義務付けられました(中小企業は2022年4月から義務化)。セクシュアルハラスメントやマタニティハラスメントの防止措置と合わせて、企業のハラスメント対策はますます重要性を増しています。
本記事では、ハラスメントの法的定義から予防策、発生時の対応まで、企業としての責任を果たしながら健全な職場環境を構築するための実務ポイントを解説します。人事労務担当者だけでなく、管理職や経営者の方々にとっても、法的リスクを回避し、生産性の高い職場づくりを実現するための重要な指針となるでしょう。
目次
ハラスメント防止の法的枠組みと企業責任
ハラスメントの種類と具体的な言動
実効性のあるハラスメント防止体制の構築
ハラスメント相談対応と調査の進め方
ハラスメント発生後の再発防止と職場環境回復
まとめ:ハラスメントのない職場づくりに向けて
1. ハラスメント防止の法的枠組みと企業責任
職場ハラスメントに関する法規制
職場ハラスメントに関する主な法規制は以下の通りです:
パワーハラスメント:
労働施策総合推進法(2020年6月施行、中小企業は2022年4月から義務化)
事業主に防止措置が義務付け(相談体制整備、再発防止策等)
セクシュアルハラスメント:
男女雇用機会均等法(2007年から防止措置義務化、2020年に強化)
被害者の性別を問わず適用、取引先等からの被害も含む
マタニティハラスメント:
男女雇用機会均等法・育児介護休業法
妊娠・出産・育児休業等を理由とする不利益取扱いの禁止
これらの法規制に共通しているのは、企業にハラスメント防止のための積極的措置を求めている点です。単に禁止するだけでなく、予防・早期発見・適切な対応のための体制整備が求められています。
企業の法的責任とリスク
ハラスメントが発生した場合、企業は様々な法的責任を問われる可能性があります:
民事上の責任:
加害者個人の不法行為責任(民法709条)
企業の使用者責任(民法715条)
職場環境配慮義務違反(労働契約法5条)
被害者からの損害賠償請求
行政上の責任:
労働局による是正指導・勧告
企業名公表等の行政処分
社会的責任:
企業イメージの低下
人材確保・定着への悪影響
生産性・モチベーションの低下
実際の裁判例では、企業がハラスメント防止措置を適切に講じていなかった場合、高額な損害賠償を命じられるケースが増えています。ハラスメント対策は法令遵守の観点からも、リスク管理の観点からも、極めて重要といえます。
2. ハラスメントの種類と具体的な言動
パワーハラスメントの定義と6類型
職場におけるパワーハラスメントは、以下の3つの要素をすべて満たすものと定義されています:
優越的な関係性の利用(職務上の地位、人間関係、専門知識、経験等)
業務の適正な範囲を超えた言動
身体的・精神的な苦痛を与えること
具体的には、以下の6類型に分類されます:
身体的な攻撃:暴行・傷害(叩く、殴る、物を投げる等)
精神的な攻撃:脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(人格否定、罵倒、他者の前での叱責等)
人間関係からの切り離し:隔離・仲間外し・無視(挨拶無視、会議への不参加、情報からの疎外等)
過大な要求:業務上明らかに不要なことや遂行不可能な業務の強制(能力・経験とかけ離れた業務、達成不可能な目標設定等)
過小な要求:業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じる(スキルや経験を無視した単純作業の連続指示等)
個の侵害:私的なことに過度に立ち入る(プライベートの根掘り葉掘りの質問、交際相手や趣味等への干渉等)
ただし、業務上の適正な指導との線引きは重要です。以下のような場合は、一般的にパワハラには該当しません:
業務上必要な指示や注意・指導
合理的な範囲内での業務上の指導や教育
業務上の必要性に基づく注意や叱責(方法や態様が社会通念上許容される範囲内)
セクシュアルハラスメントの類型と具体例
セクシュアルハラスメントは、「対価型」と「環境型」の2つに大別されます:
対価型セクハラ:
性的な要求への服従/拒否を理由に雇用上の利益/不利益を与える
例:昇進・契約更新の条件として性的関係を要求する、拒否したことを理由に降格する
環境型セクハラ:
性的な言動により就業環境を害する
例:性的な冗談・からかい、不必要な身体接触、性的な噂の流布、ジェンダーに関する固定観念に基づく発言
重要なのは、相手の「意に反する」かどうかが判断基準になる点です。加害者の意図よりも、受け手がどう感じたかが重視されます。また、被害者の性別を問わず、同性間のセクハラも対象となります。
マタニティハラスメント等の理解
妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント(マタハラ)は、以下のような言動が該当します:
妊娠を報告した際の「迷惑だ」などの否定的な発言
妊娠を理由とした望まない異動や降格
育児休業の取得を理由とした不利益な評価
妊娠中の体調不良への配慮のない言動
同様に、介護休業の取得等を理由とする不利益取扱いも禁止されています。「両立支援ハラスメント」として、企業の防止措置義務の対象となっています。
3. 実効性のあるハラスメント防止体制の構築
防止方針の明確化と周知
ハラスメント防止の第一歩は、会社としての方針を明確にすることです:
トップメッセージの発信:
経営層による明確なハラスメント禁止宣言
社内報やイントラネット、全社集会等での定期的な周知
ハラスメント防止規程の整備:
就業規則への禁止規定の明記
具体的な禁止行為の例示
違反した場合の懲戒処分の明確化
相談窓口と対応手順の明示
周知方法の工夫:
ポスター掲示や携帯カードの配布
定期的なメールマガジンやニュースレター
eラーニングや確認テストの実施
防止方針の周知は一度きりではなく、定期的に繰り返し行うことが重要です。また、新入社員研修や昇進時研修など、様々な機会を捉えて意識づけを行いましょう。
相談窓口の設置と周知
法令では「相談窓口の設置」が義務付けられています。効果的な相談窓口の設置ポイントは以下の通りです:
複数の相談ルートの確保:
社内窓口(人事部門、専門委員会等)
社外窓口(外部機関委託、顧問弁護士等)
直属上司以外にも相談できる体制
相談のしやすさへの配慮:
プライバシー保護の徹底
メール・電話・面談など複数の相談方法
匿名相談の受付検討
相談受付担当者の育成:
専門知識の習得(研修実施)
カウンセリングスキルの向上
守秘義務の徹底
相談窓口の存在と利用方法を定期的に周知することで、「声を上げやすい職場風土」を醸成しましょう。
実効性のある研修の実施
ハラスメント防止研修は形式的なものではなく、実効性を重視して設計することが重要です:
対象者別の研修設計:
経営層向け:リスクマネジメントの視点
管理職向け:部下指導との線引き、初期対応
一般社員向け:基本的な知識と予防策
参加型研修の工夫:
ケーススタディやロールプレイの活用
グループディスカッションの導入
具体的な事例を用いた判断トレーニング
定期的な実施と効果測定:
年1回以上の定期的実施
理解度テストや行動変容の確認
アンケートによる効果測定
特に管理職研修は重要です。「業務上の指導」と「パワハラ」の線引きを明確にし、適切な部下指導の方法について具体的に学ぶ機会を設けましょう。
4. ハラスメント相談対応と調査の進め方
相談受付時の基本姿勢
相談を受けた際の対応が、その後の解決プロセスを大きく左右します:
傾聴と受容の姿勢:
否定や批判をせず、話を最後まで聴く
「あなたは悪くない」というメッセージの伝達
感情表現を否定しない(「気にしすぎ」などと言わない)
二次被害の防止:
プライバシー保護の徹底
関係者への情報漏洩防止
相談したことによる不利益取扱いの禁止
今後の流れの説明:
対応プロセスの丁寧な説明
本人の希望確認(調査実施の可否等)
会社としてできること/できないことの明確化
相談者の状況や希望に応じて、柔軟に対応することが重要です。例えば「話を聞いてもらうだけでよい」という場合もあれば、「即時の対応を希望する」場合もあります。
公正な調査の実施方法
調査が必要と判断された場合は、以下のポイントに注意して進めます:
調査体制の構築:
中立性・公平性を確保した調査担当者の選定
必要に応じた調査チームの編成
外部専門家(弁護士等)の活用検討
調査手順の明確化:
相談者(被害者)からの詳細聴取
関係者・目撃者からの聴取
行為者とされる人物からの聴取
客観的証拠の収集(メール、チャット履歴等)
事実関係の整理と認定
調査時の留意点:
徹底した秘密保持
先入観を持たない中立的な姿勢
調査対象者への心理的負担への配慮
記録の正確な作成と保管
調査においては、「事実確認」を最優先し、双方の言い分をバランスよく聴くことが重要です。証言の矛盾点や不一致については、丁寧に確認する姿勢が求められます。
判断と対応の決定プロセス
調査結果に基づき、以下のプロセスで対応を決定します:
事実認定と評価:
収集した情報からの客観的事実確認
ハラスメントの成立要件への当てはめ
行為の悪質性・影響度の評価
対応方針の決定:
加害者への措置(配置転換、懲戒処分等)
被害者への措置(メンタルケア、配置転換等)
職場環境改善策の検討
関係者への説明:
当事者への結果説明
プライバシーに配慮した範囲での周囲への説明
再発防止策の周知
対応の決定においては、過去の類似事案との均衡も考慮し、公平性・一貫性を確保することが重要です。また、被害者の心理的回復を最優先に考える視点も忘れてはなりません。
5. ハラスメント発生後の再発防止と職場環境回復
再発防止策の実施
ハラスメント事案が発生した場合、同様の問題の再発を防ぐための対策が重要です:
組織体制の見直し:
権限集中の是正
チェック機能の強化
コミュニケーションルートの多様化
業務プロセスの改善:
業務量・納期の適正化
評価基準の明確化
情報共有の仕組み改善
職場風土の改革:
定期的な意識調査の実施
オープンコミュニケーションの促進
相互尊重の文化醸成
特に、同じ部署・チームでハラスメントが繰り返される場合は、根本的な原因(過度な成果主義、暗黙のルール等)にまで踏み込んだ改善が必要です。
当事者と職場のケア
ハラスメント発生後は、当事者だけでなく職場全体のケアが必要です:
被害者のケア:
産業医やカウンセラーとの連携
段階的な職場復帰支援(必要に応じて)
定期的なフォローアップ面談
行為者のフォロー:
再発防止のための教育・研修
管理監督者によるモニタリング
メンタルケア(必要に応じて)
職場全体のケア:
チームビルディング活動
管理職による個別面談
必要に応じた組織開発支援
特にハラスメント事案後の職場は人間関係が複雑化しがちです。「なかったこと」にせず、適切なケアと関係修復のプロセスを設けることが重要です。
モニタリングと継続的改善
ハラスメント防止は一度の対策で終わりではなく、継続的な取り組みが必要です:
定期的な実態調査:
従業員意識調査の実施
ハラスメントリスクの可視化
部署別・層別の分析
防止策の効果検証:
相談件数・内容の分析
研修効果の測定
職場環境の変化の把握
継続的な改善活動:
防止策の見直しと強化
好事例の水平展開
新たなリスク要因への対応
特に経営層による定期的なレビューを実施し、ハラスメント防止を経営課題として継続的に取り組む姿勢が重要です。
6. まとめ:ハラスメントのない職場づくりに向けて
ハラスメント防止対策は、法令遵守の観点だけでなく、生産性の高い、働きがいのある職場づくりという観点からも重要な経営課題です。効果的なハラスメント防止対策の実現に向けて、以下の3つの視点が重要になります。
予防・発見・対応の総合的アプローチ
ハラスメント対策は、以下の3つの要素をバランスよく実施することが重要です:
予防策の充実
明確な方針の周知と研修
コミュニケーション活性化と相互尊重の風土づくり
業務の適正化と公平な評価制度
早期発見の仕組み
相談しやすい窓口設置
管理職による日常的な観察
定期的な実態調査
適切な対応と再発防止
公正な調査と適切な措置
被害者ケアと職場環境回復
根本原因の分析と再発防止
これらの施策を有機的に連携させることで、効果的なハラスメント防止が実現します。
コンプライアンスと健全な組織文化の両立
ハラスメント防止は、単なる「問題行動の禁止」ではなく、「働きやすい職場づくり」という積極的な視点で取り組むことが重要です:
コンプライアンスの徹底
法令要求事項の確実な履行
規程・ルールの整備と周知
違反時の対応の明確化
健全な組織文化の醸成
多様性を尊重する価値観の共有
心理的安全性の高い職場づくり
上下・同僚間の良好な関係構築
この両面からのアプローチにより、単なる「ハラスメントがない状態」を超えた、「活力ある組織風土」の実現につながります。
経営戦略としてのハラスメント防止
ハラスメントのない職場づくりは、以下のような経営上のメリットをもたらします:
人材の確保・定着(採用競争力の向上)
従業員エンゲージメントの向上
生産性・創造性の向上
企業イメージ・ブランド価値の向上
法的リスクの低減
ハラスメント防止対策への投資は、中長期的に見れば必ず組織の成長と発展に寄与します。「コスト」ではなく「投資」という視点で取り組むことが重要です。
適切なハラスメント防止対策は、従業員一人ひとりの尊厳と権利を守るだけでなく、企業の持続的成長を支える重要な経営基盤となります。法的義務の履行という消極的な姿勢ではなく、「働きがいのある職場づくり」という積極的な視点で、組織全体の取り組みとして推進していきましょう。
次回予告:労務管理実践編⑤ 「多様な働き方とワークライフバランス支援」
次回は、労務管理実践編の第五回として、「多様な働き方とワークライフバランス支援」について解説します。テレワークやフレックスタイム制度などの柔軟な働き方の導入方法から、育児・介護との両立支援、副業・兼業への対応まで、多様な人材が活躍できる職場づくりのポイントを詳しく解説します。
人材確保と生産性向上の両立を図るための実務的なノウハウをお伝えしますので、どうぞお楽しみに!

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