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社労士が解説:労務管理実践編⑧ 労働安全衛生とメンタルヘルス対策

はじめに

 前回の記事では、「労働時間管理と賃金制度の法務実務」について解説しました。働き方改革関連法への対応から、適正な労働時間把握、未払い残業代リスクの予防まで、法的リスクを回避しながら効率的な労働時間管理を実現するための実務ポイントをお伝えしました。

 今回は労務管理実践編の第八回として、「労働安全衛生とメンタルヘルス対策」に焦点を当てます。近年、職場でのメンタルヘルス不調が深刻な社会問題となっており、企業には従業員の心身の健康を守る安全配慮義務がこれまで以上に強く求められています。メンタルヘルス不調による休職や離職は、企業の生産性低下と人材流出に直結し、経営への影響も甚大です。

 ストレスチェック制度の義務化により、企業には従業員のメンタルヘルス対策の体系的な取り組みが求められています。本記事では、法的要件を満たしながら実効性のあるメンタルヘルス対策を構築し、働きやすい職場環境を実現するための実務ポイントを解説します。

目次

  1. 労働安全衛生法とメンタルヘルス対策の法的要件

  2. ストレスチェック制度の効果的な活用

  3. 職場環境改善とハラスメント防止対策

  4. メンタルヘルス不調者への対応と復職支援

  5. 安全配慮義務の履行と労災リスク対策

  6. まとめ:心理的安全性の高い職場づくり

1. 労働安全衛生法とメンタルヘルス対策の法的要件

安全配慮義務の内容と範囲

 企業には労働契約に基づく安全配慮義務があり、従業員の心身の健康を保持する責務が法的に課されています:

安全配慮義務の具体的内容

  • 健康障害を防止するための適切な職場環境の整備

  • 従業員の健康状態の把握と必要な措置の実施

  • 過重労働による健康障害の防止

  • ハラスメントの防止と適切な対応

 この義務を怠った場合、民事上の損害賠償責任を負うだけでなく、労働基準監督署からの是正勧告や刑事責任を問われる可能性もあります。


ストレスチェック制度の法的要件

 2015年12月から義務化されたストレスチェック制度の基本要件は以下の通りです:

実施義務

  • 対象:常時50人以上の労働者を使用する事業場

  • 頻度:年1回以上

  • 対象者:常時使用する労働者(派遣労働者含む)

         ※派遣元事業主に実施義務あり

実施体制

  • 医師、保健師等の実施者による実施

  • 実施事務従事者の選任

     ※解雇、降格等の人事権を有さない条件付き

  • 衛生委員会での審議

結果の活用

  • 個人結果の本人通知

  • 高ストレス者への医師面接指導の実施

  • 集団分析結果に基づく職場環境改善

 制度の目的は「メンタルヘルス不調の未然防止」であり、単なる法的義務の履行ではなく、職場環境改善のツールとして活用することが重要です。


2. ストレスチェック制度の効果的な活用

実施方法の選択と体制整備

 ストレスチェックの実施方法には複数の選択肢があり、企業規模や実情に応じた適切な選択が必要です:

実施方法の選択肢

  • 外部委託  :専門機関への全面委託

  • 一部外部委託:実施は外部、事後措置は内部

  • 内部実施  :産業医等による自社内実施

効果的な実施のポイント

  • 従業員への制度説明と不安解消

  • プライバシー保護の徹底

  • 受検率向上のための環境整備

  • 結果の適切な保管と秘密保持

 特に重要なのは「従業員の理解と協力」の獲得です。制度の目的を正しく伝え、人事評価には使用しないことを明確にすることで、受検率の向上と正確な結果の取得が可能になります。


集団分析結果の職場改善への活用

 ストレスチェックの真価は、集団分析結果を活用した職場環境改善にあります:

分析のポイント

  • 部署別・職種別のストレス状況の把握

  • 高ストレス部署の特定と要因分析

  • 経年変化の追跡と改善効果の測定

具体的な改善策

  • 業務負荷の調整   :業務量の平準化、応援体制の構築

  • 職場環境の改善   :物理的環境の整備、コミュニケーション促進

  • 組織風土の改革   :管理職研修、ハラスメント防止策

  • 制度・仕組みの見直し:労働時間管理、評価制度の改善

 改善策の実施においては、経営層のコミットメントと現場管理職の理解が不可欠です。


高ストレス者への医師面接指導

高ストレス者への適切な対応は、メンタルヘルス不調の予防において極めて重要です:

面接指導の流れ

  1. 高ストレス者の判定と本人への通知

  2. 面接指導の申出の勧奨

  3. 医師による面接指導の実施

  4. 医師からの意見聴取

  5. 必要に応じた就業上の措置

実施上の留意点

  • 申出しやすい環境づくり

  • 面接指導を受けることによる不利益取扱いの禁止

  • 医師からの意見に基づく適切な就業上の措置

  • プライバシーの保護と情報管理

 面接指導の申出率向上のためには、制度への理解促進と心理的ハードルの低下が重要です。


3. 職場環境改善とハラスメント防止対策

ハラスメント防止措置の法的義務

 2020年6月から、職場におけるハラスメント防止措置が法的義務となりました:

事業主の措置義務

  • 方針の明確化  :ハラスメント禁止の方針策定と周知

  • 相談体制の整備 :苦情相談窓口の設置と適切な対応

  • 事後措置の実施 :迅速かつ適切な対応と再発防止

  • プライバシー保護:相談者・行為者の秘密保持

対象となるハラスメント

  • セクシュアルハラスメント

  • 妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント

  • パワーハラスメント

 ハラスメントの放置は、被害者のメンタルヘルス不調を引き起こすだけでなく、職場全体の生産性低下や企業イメージの悪化にもつながります。


効果的なハラスメント防止策

 実効性のあるハラスメント防止策の構築には、以下の要素が重要です:

予防策

  • 研修教育 :管理職・一般職員への定期的な研修実施

  • 啓発活動 :ポスター掲示、社内報での情報発信

  • 風土醸成 :コミュニケーション促進、心理的安全性の向上

  • ルール整備:就業規則、行動指針の明確化

対応体制

  • 相談窓口:内部・外部窓口の設置、相談しやすい環境整備

  • 調査体制:客観的・公正な事実調査の実施

  • 対応措置:適切な懲戒処分と被害者保護措置

  • 再発防止:原因分析と改善策の実施

 特に重要なのは「予防」の観点です。問題が発生してから対応するのではなく、発生させない職場環境を構築することが最も効果的です。


4. メンタルヘルス不調者への対応と復職支援

不調の早期発見と初期対応

 メンタルヘルス不調の早期発見と適切な初期対応は、重篤化の防止と早期回復のために不可欠です:

早期発見のサイン

  • 勤怠の変化       :遅刻・早退・欠勤の増加

  • 業務パフォーマンスの低下:ミスの増加、判断力の低下

  • 行動・表情の変化    :表情の暗さ、コミュニケーション回避

  • 身体症状        :頭痛、睡眠障害、食欲不振

初期対応のポイント

  • 管理職による声かけと状況把握

  • 産業保健スタッフとの連携

  • 本人・家族への適切な情報提供

  • 医療機関受診の勧奨

 早期対応では、本人の自己決定を尊重しながら、適切なサポートを提供することが重要です。


休職制度の設計と運用

 適切な休職制度は、従業員の治療と回復を支援する重要な仕組みです:

制度設計のポイント

  • 休職期間:勤続年数に応じた適切な期間設定

  • 手続き :診断書の提出要件、承認手続きの明確化

  • 処遇  :休職中の賃金、社会保険料の取扱い

  • 連絡体制:休職者との適切な連絡頻度と方法

運用上の留意点

  • 個人情報の適切な管理

  • 復職に向けた段階的な準備支援

  • 家族との連携(本人の同意に基づく)

  • 他の従業員への配慮と情報管理


復職支援と再発防止

 復職支援は単なる職場復帰ではなく、持続的な就労継続を目指した総合的な取り組みが必要です:

復職判定のプロセス

  1. 主治医による復職可能の診断

  2. 産業医による職場復帰適性の評価

  3. 試し出勤制度の活用

  4. 復職判定会議での総合判断

復職後のフォローアップ

  • 段階的な業務復帰:業務量・責任の段階的調整

  • 定期面談    :産業保健スタッフとの継続的な面談

  • 職場環境調整  :業務内容・職場配置の見直し

  • 再発防止策   :ストレス要因の除去と対処法の習得

 復職支援では、本人の回復状況に応じた柔軟な対応と、職場全体の理解と協力が成功の鍵となります。


5. 安全配慮義務の履行と労災リスク対策

精神障害の労災認定基準

 精神障害による労災認定が増加しており、企業には予防と適切な対応が求められています:

認定基準の3要件

  1. 対象疾病ICD-10のF3~F4に該当する精神障害

  2. 業務による心理的負荷:特別な出来事または日常的な心理的負荷

  3. 業務以外の心理的負荷:私生活の出来事等の影響度評価

心理的負荷の具体例

  • 強い心理的負荷  :パワーハラスメント、極度の長時間労働

  • 中程度の心理的負荷:配置転換、職場の人間関係の問題

  • 弱い心理的負荷  :軽微な業務上の出来事

 労災認定を受けた場合、企業には民事上の損害賠償責任が発生する可能性が高く、予防策の徹底が重要です。


リスクアセスメントの実施

 職場のメンタルヘルスリスクを体系的に評価し、予防策を講じることが重要です:

リスク要因の特定

  • 業務要因:業務量、責任の重さ、時間的切迫度

  • 職場要因:人間関係、職場環境、組織風土

  • 個人要因:性格特性、ストレス耐性、生活状況

リスク評価と対策

  • 各要因のリスクレベル評価

  • 優先度に基づく改善策の策定

  • 実施効果の継続的なモニタリング

  • 従業員参加による改善活動の推進

 リスクアセスメントは一回限りの活動ではなく、継続的な改善活動として実施することが重要です。


6. まとめ:心理的安全性の高い職場づくり

 労働安全衛生とメンタルヘルス対策は、従業員の健康を守る法的義務であると同時に、企業の持続的成長を支える重要な経営戦略です。心理的安全性の高い職場環境は、従業員の創造性とイノベーションを促進し、競争優位の源泉となります。


組織文化の変革

 効果的なメンタルヘルス対策には、組織文化レベルでの変革が不可欠です:

目指すべき組織文化

  • 心理的安全性:失敗を恐れず挑戦できる環境

  • 相互支援  :チームワークと助け合いの風土

  • 多様性尊重 :個人の特性を活かす職場環境

  • 継続的学習 :成長と改善を重視する組織風土


経営戦略としての位置づけ

 メンタルヘルス対策は、以下の経営効果をもたらします:

  • 生産性向上 :従業員の能力発揮とモチベーション向上

  • 人材確保  :働きやすい職場としての評価向上

  • リスク回避 :労災・損害賠償リスクの予防

  • 企業価値向上:ESG経営への貢献

 適切なメンタルヘルス対策により、企業は法的リスクを回避しながら、従業員の幸福と企業の成長を両立することができます。労務管理の専門家として、持続可能な職場環境の構築をサポートしてまいります。


次回予告:労務管理実践編⑨ 「人材育成と能力開発の体系的アプローチ」

 次回は、労務管理実践編の第九回として、「人材育成と能力開発の体系的アプローチ」について解説します。OJTとOff-JTの効果的な組み合わせから、キャリア開発支援、次世代リーダー育成まで、企業の持続的成長を支える人材育成の実務ポイントを詳しく解説します。どうぞお楽しみに!



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