社労士が解説:労務管理実践編⑦ 労働時間管理と賃金制度の法務実務
- 代表 風口 豊伸
- 6月5日
- 読了時間: 9分
はじめに
前回の記事では、「人事評価制度と処遇設計の実務」について解説しました。公正で納得感のある評価システムの構築から、成果と処遇を適切に連動させる報酬制度の設計まで、戦略的人材マネジメントの実現に向けた実務ポイントをお伝えしました。
今回は労務管理実践編の第七回として、「労働時間管理と賃金制度の法務実務」に焦点を当てます。働き方改革関連法の施行により、時間外労働の上限規制が厳格化され、企業には適切な労働時間管理がこれまで以上に求められています。同時に、テレワークの普及や多様な働き方の拡大により、従来の労働時間管理手法では対応が困難なケースも増加しています。
労働時間管理の不備は、未払い残業代請求、労働基準監督署の是正勧告、従業員の健康障害といった深刻なリスクにつながります。本記事では、法的リスクを回避しながら効率的な労働時間管理を実現し、適正な賃金制度を構築するための実務ポイントを解説します。
目次
働き方改革関連法と労働時間規制の実務対応
労働時間の適正把握と管理システム
変形労働時間制・フレックスタイム制の活用
賃金制度の法的要件と実務設計
未払い残業代リスクの予防と対策
まとめ:持続可能な労働時間管理の実現
1. 働き方改革関連法と労働時間規制の実務対応
時間外労働上限規制の基本構造
2019年4月から施行された時間外労働の上限規制は、労務管理の根本的な見直しを企業に求めています:
上限規制の内容:
原則 :月45時間、年360時間
特別条項 :年720時間、単月100時間未満、複数月平均80時間以内
休日労働込み :単月100時間未満、複数月平均80時間以内
特別条項の適用回数:年6回まで
この規制に違反した場合、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金という刑事罰が科される可能性があります。単なる行政指導ではなく、経営者が刑事責任を問われるリスクがあることを十分に認識する必要があります。
実効性のある時間外労働削減策
上限規制への対応では、形式的な対策ではなく実効性のある削減策の実施が重要です:
業務効率化による削減:
業務プロセスの見直しと標準化
ITツール活用による自動化・省力化
無駄な会議・資料作成の削減
権限委譲による意思決定の迅速化
労働生産性向上施策:
スキルアップ研修による個人能力向上
チーム編成最適化による相互補完
繁忙期の応援体制構築
アウトソーシング活用による業務集約
組織風土改革:
管理者の労働時間管理意識向上
早帰りしやすい職場環境整備
長時間労働を評価しない人事制度
有給休暇取得促進とノー残業デー実施
特に重要なのは「経営層のコミット」です。現場任せではなく、経営戦略として労働時間削減に取り組む姿勢を明確に示すことが成功の前提となります。
2. 労働時間の適正把握と管理システム
労働時間把握の法的義務
労働安全衛生法の改正により、2019年4月から「労働時間の状況の把握」が法的義務となりました:
把握対象者:
労働基準法上の労働者(管理監督者、裁量労働制適用者含む)
労働時間、休憩時間、休日労働を含む労働時間の状況
把握方法:
原則:タイムカード、ICカード、パソコンログ等の客観的記録
例外:やむを得ない場合の自己申告制(適正運用が条件)
従来の「出勤簿への押印」程度では法的要件を満たさない可能性が高く、客観的な記録による労働時間把握システムの整備が急務となっています。
効果的な労働時間管理システム
適切な労働時間管理には、以下の要素を備えたシステムが必要です:
システム要件:
客観性 :個人の裁量に依存しない自動記録
正確性 :実労働時間の正確な把握
リアルタイム性:長時間労働の早期発見
分析機能 :労働時間データの多角的分析
導入すべき機能:
出退勤時刻の自動記録
時間外労働時間の自動計算・アラート機能
36協定限度時間との比較表示
管理者向けダッシュボード機能
有給休暇管理との連携
特にテレワーク環境では、パソコンのログイン・ログアウト時間と実労働時間に乖離が生じやすいため、業務開始・終了の明確な報告ルールと併せてシステム整備を行うことが重要です。
管理監督者の労働時間管理
管理監督者についても労働時間の状況把握が義務付けられており、健康管理の観点からの対応が必要です:
管理すべき項目:
労働時間の状況(深夜労働時間含む)
健康状態の定期確認
医師面接指導の実施判断
管理監督者であっても、過労死・過労自殺のリスクは一般従業員と変わりません。「管理職だから労働時間管理は不要」という考えは改め、適切な健康管理を実施することが企業の安全配慮義務の履行につながります。
3. 変形労働時間制・フレックスタイム制の活用
1ヶ月単位の変形労働時間制
業務の繁閑に応じて労働時間を柔軟に配分できる制度として、変形労働時間制の活用が有効です:
適用要件:
労使協定または就業規則での定め
対象期間と各日・各週の労働時間の特定
対象期間の平均が週40時間以内
運用のポイント:
繁忙期に備えた事前の労働時間配分
従業員への十分な事前通知
変更する場合の合理的理由と適切な手続き
特に小売業や宿泊業など、季節変動の大きい業種では効果的な制度ですが、運用を誤ると時間外労働が発生するため、慎重な制度設計が必要です。
フレックスタイム制の効果的活用
働き方の多様化に対応する制度として、フレックスタイム制の見直しも重要です:
2019年法改正のポイント:
清算期間の上限が3ヶ月に延長
より柔軟な労働時間管理が可能に
導入効果:
従業員の自律的な働き方促進
通勤ラッシュの回避
育児・介護との両立支援
生産性向上とワークライフバランス実現
運用上の留意点:
コアタイムの適切な設定
チーム業務との調整
顧客対応時間の確保
労働時間の適正管理
フレックスタイム制は単なる「出社時間の自由化」ではなく、成果重視の働き方を促進する制度として位置づけることが重要です。
4. 賃金制度の法的要件と実務設計
賃金支払いの5原則
賃金制度の設計・運用においては、労働基準法が定める5原則の遵守が前提となります:
5原則の内容:
通貨払いの原則:現金による支払い(口座振込は労使協定で可能)
直接払いの原則:労働者本人への支払い
全額払いの原則:一定の控除を除き全額支払い
毎月1回以上払いの原則:定期的な支払い
一定期日払いの原則:支払日の明確化
これらの原則に違反した場合、30万円以下の罰金という刑事罰の対象となる可能性があります。
割増賃金の適正計算
未払い残業代リスクを回避するためには、割増賃金の適正計算が不可欠です:
割増率:
時間外労働:25%以上(月60時間超は50%以上)
休日労働:35%以上
深夜労働:25%以上
計算基礎の除外項目:
家族手当、通勤手当、別居手当
子女教育手当、住宅手当
臨時に支払われた賃金、1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金
特に注意が必要なのは「定額残業代制」の運用です。実労働時間に基づく割増賃金が定額を上回る場合は差額の支払いが必要であり、制度設計と運用の両面での適正化が求められます。
同一労働同一賃金への対応
正規・非正規雇用労働者間の不合理な待遇差の解消も重要な課題です:
対応のポイント:
職務内容と責任の明確化
配置転換・昇進の可能性の整理
各種手当の支給根拠の合理性確認
教育訓練機会の均等化
待遇差については、その理由を合理的に説明できることが重要であり、単に雇用形態の違いのみを理由とする格差は認められません。
5. 未払い残業代リスクの予防と対策
リスクの早期発見と対応
未払い残業代請求は、企業にとって深刻な財務リスクとなります:
リスク要因:
労働時間管理の不備
サービス残業の常態化
管理監督者の不適切な適用
定額残業代制の不適正運用
予防策:
定期的な労働時間実態調査
管理者への労働時間管理研修
内部通報制度の整備
労働基準監督署との良好な関係構築
賃金台帳と労働時間記録の整備
適切な記録保管は、未払い残業代リスクの予防と万一の紛争対応の両面で重要です:
整備すべき帳簿:
労働者名簿
賃金台帳
出勤簿(労働時間記録)
年次有給休暇管理簿
保存期間と管理方法:
労働基準法:3年間(賃金関係)
労働安全衛生法:3年間(健康管理関係)
適切なバックアップと機密管理
これらの記録は、労働基準監督署の調査や労働紛争の際に重要な証拠となるため、正確性と完全性の確保が不可欠です。
6. まとめ:持続可能な労働時間管理の実現
労働時間管理と賃金制度の適正化は、法的リスクの回避という守りの側面だけでなく、生産性向上と従業員満足度向上という攻めの経営戦略としても重要な意味を持ちます。
経営戦略としての労働時間管理
効果的な労働時間管理は以下の経営効果をもたらします:
生産性向上:時間制約による業務効率化の促進
人材確保 :働きやすい職場としてのブランド力向上
コスト削減:適正な労働時間による人件費最適化
リスク回避:法的リスクと健康障害リスクの予防
継続的改善の重要性
労働時間管理制度は「作って終わり」ではなく、継続的な見直しと改善が必要です:
制度運用状況のモニタリング
従業員の声の収集と反映
法改正への迅速な対応
業務変化に応じた制度見直し
適切な労働時間管理と賃金制度の構築により、企業は法的リスクを回避しながら、従業員の働きがいと企業の持続的成長を両立することができます。労務管理の専門家として、企業の実情に応じた最適な制度設計をサポートしてまいります。
次回予告:労務管理実践編⑧ 「労働安全衛生とメンタルヘルス対策」
次回は、労務管理実践編の第八回として、「労働安全衛生とメンタルヘルス対策」について解説します。ストレスチェック制度の効果的な活用から、職場のメンタルヘルス不調の予防と対応、安全配慮義務の履行まで、従業員の健康と安全を守る実務ポイントを詳しく解説します。どうぞお楽しみに!

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