社労士が解説:労務管理実践編⑤ 多様な働き方とワークライフバランス支援
- 代表 風口 豊伸
- 5月20日
- 読了時間: 12分
はじめに
前回の記事では、「ハラスメント防止対策と職場環境整備」について解説しました。法的枠組みから予防策、発生時の対応まで、企業としての責任を果たしながら健全な職場環境を構築するための実務ポイントをお伝えしました。
今回は労務管理実践編の第五回として、「多様な働き方とワークライフバランス支援」に焦点を当てます。少子高齢化による労働力不足、価値観の多様化、そしてコロナ禍を経て急速に普及したテレワークなど、働き方の概念は大きく変化しています。こうした環境下で人材を確保・定着させ、組織の生産性を高めるためには、従業員一人ひとりの事情や希望に配慮した多様な働き方の実現が不可欠です。
本記事では、多様な働き方の制度設計から運用のポイント、ワークライフバランス支援の具体的施策まで、人事労務担当者が直面する課題と解決策を実務的に解説します
目次
多様な働き方を導入する経営的意義
柔軟な勤務制度の設計と運用
テレワーク制度の構築と課題解決
育児・介護との両立支援の実務
副業・兼業の許可と管理のポイント
まとめ:持続可能な働き方改革の推進
1. 多様な働き方を導入する経営的意義
企業にとっての導入メリット
多様な働き方の導入は、単なる福利厚生ではなく、以下のような経営戦略上の大きなメリットをもたらします:
人材確保・定着率向上:柔軟な働き方は採用市場での競争力を高め、優秀な人材の定着に寄与します
生産性・創造性の向上:従業員が最適な環境・時間に働くことで、パフォーマンスが向上します
コスト削減効果:オフィススペースの縮小、通勤手当の削減などが可能になります
多様な人材の活用:時間や場所の制約がある人材(育児・介護中、障害者等)の能力発揮につながります
BCP(事業継続計画)対策:分散勤務により、災害やパンデミック時のリスク分散になります
厚生労働省「令和5年版 労働経済の分析」によれば、柔軟な働き方を導入している企業は、従業員エンゲージメントが向上し、離職率の低下につながっているとの分析結果が示されています。多様な働き方は「従業員に与える特典」ではなく「企業の競争力を高める投資」と捉えることが重要です。
法規制の動向と企業の対応
働き方改革関連法の施行により、企業には以下のような対応が求められています:
時間外労働の上限規制への対応
年次有給休暇の確実な取得促進(年5日取得義務)
同一労働同一賃金への対応(雇用形態による不合理な待遇差の解消)
勤務間インターバル制度の努力義務
法令遵守の視点だけでなく、「従業員の働きがい」と「企業の生産性向上」を両立させる視点で制度設計を行うことが、持続的な成長につながります。
2. 柔軟な勤務制度の設計と運用
フレックスタイム制度
フレックスタイム制度は、コアタイム(必ず勤務すべき時間帯)とフレキシブルタイム(出退勤時間を従業員が選択できる時間帯)を設け、一定期間における総労働時間を定めた上で、従業員が日々の始業・終業時刻を自ら決定できる制度です。
導入のポイント:
清算期間の適切な設定(1ヶ月単位が一般的、最大3ヶ月まで可能)
コアタイムの必要性検討(設定しない「スーパーフレックス」も選択肢)
労使協定の締結と就業規則への規定
労働時間の適正な把握方法の確立
特に注意すべきは、フレックスタイム制特有の割増賃金計算ルールです。法定労働時間を超えた場合の割増賃金は、清算期間を通じての総労働時間に対して計算します。
時差出勤制度
時差出勤は、勤務時間帯のパターンを複数用意し、従業員がいずれかを選択する制度です。フレックスタイムより柔軟性は低いものの、導入が比較的容易なため、段階的な働き方改革の第一歩として適しています。
導入例:
早朝型:7:00-16:00
標準型:9:00-18:00
夜型:11:00-20:00
運用上は、部署間連携や顧客対応などの業務特性を考慮し、コミュニケーション断絶が生じないよう配慮が必要です。
短時間勤務・短日数勤務
育児・介護・治療など様々な理由で、フルタイム勤務が困難な従業員向けの制度です。法定の育児短時間勤務(3歳未満の子を持つ従業員への短時間勤務制度義務)だけでなく、対象・期間を拡大する企業も増えています。
導入のポイント:
業務分担・引継ぎの明確化
公平な評価制度の設計(時間比例ではない成果評価の導入)
短時間勤務者へのキャリア支援
周囲の理解促進(チーム全体でのフォロー体制)
特に評価・処遇については、「時短だから評価が低くなる」という固定観念を排除し、時間当たりの生産性や成果に基づく公正な評価システムの構築が重要です。
3. テレワーク制度の構築と課題解決
テレワークの形態と特徴
テレワークには主に以下の3つの形態があります:
在宅勤務型:自宅を就業場所とするもの
モバイルワーク型:移動中や顧客先など、定まった就業場所がないもの
サテライトオフィス型:本社以外の事業所や共有型オフィスでの勤務
コロナ禍を経て広く普及した在宅勤務型テレワークは、通勤時間削減によるワークライフバランス向上や、業務の可視化・効率化を促進するメリットがある一方、コミュニケーション不足や労務管理の難しさといった課題も存在します。
テレワーク導入の実務ポイント
1. 労務管理面の整備
就業規則・テレワーク規程の整備
労働時間管理方法の確立(客観的記録、申告制、みなし労働時間制の活用など)
残業・休日労働の事前申請ルール化
業務報告・進捗確認の仕組み構築
2. 情報セキュリティ対策
情報セキュリティポリシーの策定・周知
VPN接続やリモートデスクトップの活用
私物デバイス使用(BYOD)のリスク管理
セキュリティ教育の実施
3. コミュニケーション活性化
定期的なオンラインミーティング(朝礼・終礼など)
チャットツールの効果的活用
1on1面談の定期実施
オフライン交流機会の確保
4. 評価制度の見直し
プロセスではなく成果に基づく評価への転換
明確なKPIの設定
定期的なフィードバック機会の確保
実際の導入に際しては、一部門での試行実施から始め、課題抽出と改善を繰り返しながら、段階的に対象範囲を拡大していくアプローチが効果的です。
ハイブリッドワークの設計
コロナ禍の収束後、多くの企業が「オフィス勤務」と「テレワーク」を組み合わせた「ハイブリッドワーク」を標準としています。この運用においては、以下のような設計が重要です:
オフィス出社の目的明確化(コラボレーション、チームビルディング等)
チーム単位での出社日設定(週に1-2日の「コア出社日」の設定等)
オフィスレイアウトの見直し(個人作業スペース削減、協働スペース拡大)
ITツールの統合(オフィス・リモート間のシームレスな連携)
最も重要なのは、「なぜオフィスに来るのか」という目的の明確化です。単なる「顔を見せる日」ではなく、対面でこそ価値が生まれる活動を意識的に設計することが成功の鍵となります。
4. 育児・介護との両立支援の実務
法定制度への対応と独自制度の拡充
育児・介護に関する両立支援制度には、法定のものと、企業独自の上乗せ・横出し制度があります。
法定の主な制度:
産前産後休業(産前42日、産後56日)
育児休業(原則子が1歳まで、最長2歳まで)
子の看護休暇(令和7年4月1日より小学校3年生終了まで、年5日)
介護休業(対象家族1人につき通算93日)
介護休暇(対象家族1人につき年5日)
短時間勤務制度(育児:3歳未満、介護:利用開始から3年間)
これらの法定制度を確実に整備・運用することはもちろん、以下のような企業独自の拡充を行うことで、両立支援を強化できます:
育児休業期間の延長(子が3歳になるまでなど)
短時間勤務期間の延長(小学校卒業までなど)
在宅勤務・フレックスタイムとの併用
復職支援プログラムの実施(スキルアップ支援など)
事業所内保育所の設置や保育費用補助
男性の育児参画促進
2022年4月から施行された改正育児・介護休業法により、男性の育児休業取得促進が強化されました。主な改正内容は以下の通りです:
出生時育児休業(産後パパ育休)の創設:子の出生後8週間以内に4週間まで取得可能
育児休業の分割取得:2回まで分割取得可能
育児休業取得状況の公表義務:従業員1,000人超の企業に義務付け
雇用環境整備・個別周知・意向確認の義務化
特に重要なのは、制度の整備だけでなく、「取得しやすい雰囲気づくり」です。経営トップからのメッセージ発信、管理職への研修、取得者の体験談共有など、文化・風土面での取り組みが効果的です。
両立支援施策の効果的な運用
両立支援制度を効果的に運用するためのポイントは以下の通りです:
1. キャリア継続支援
休業中のコミュニケーション維持(情報共有、研修案内など)
復職前面談の実施(業務・勤務条件の調整)
段階的な業務復帰プログラム
育休復帰者向けキャリア研修の実施
2. 上司・同僚の理解促進
管理職向け両立支援研修の実施
両立支援ガイドブックの作成・周知
部署内の業務分担見直し
代替要員の確保策の確立
3. 両立しやすい風土づくり
役員・管理職による率先垂範
両立支援取組の社内広報
ロールモデルの見える化
時間制約のある従業員の活躍事例紹介
両立支援の究極の目的は「仕事と家庭の二者択一を迫らない職場づくり」です。この視点での制度設計・運用が、人材の定着と活躍促進につながります。
5. 副業・兼業の許可と管理のポイント
副業・兼業を認める意義とリスク
副業・兼業を認めることには、以下のようなメリットとリスクがあります:
メリット:
従業員のスキルアップ・キャリア形成
新たな知見・人脈の社内還元
収入増による従業員満足度向上
イノベーション創出の可能性
人材の引き留め効果
リスク:
長時間労働による健康障害
情報漏洩・競業避止義務違反
本業へのパフォーマンス低下
労災認定の複雑化
厚生労働省も「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公表し、原則として企業は副業・兼業を認める方向で検討すべきとしています。ただし、副業・兼業を無制限に認めるのではなく、適切なルール設定が重要です。
副業・兼業制度の設計と運用
副業・兼業制度を設計する際の主なポイントは以下の通りです:
1. 許可基準の明確化
禁止・制限する業務の明確化(競業避止、利益相反、企業イメージ毀損など)
労働時間の上限設定(例:週10時間以内など)
副業先での立場・役割の制限(例:役員就任の制限など)
2. 届出・許可手続きの整備
事前届出制または許可制の選択
届出・許可申請書のフォーマット整備
審査基準・フローの明確化
定期的な状況報告の仕組み
3. 労務管理面の対応
労働時間通算のルール確立(自己申告など)
健康管理体制の強化(面談頻度増など)
36協定の見直し(通算時間の考慮)
就業規則の改定
実際の運用においては、「疲労蓄積のセルフチェック」や「定期的な上司との面談」など、従業員の健康管理に重点を置いた仕組みづくりが重要です。
6. まとめ:持続可能な働き方改革の推進
多様な働き方とワークライフバランス支援は、単なる「従業員への配慮」ではなく、「企業の持続的成長を支える経営戦略」です。効果的な推進のためには、以下の3つの視点が重要になります。
段階的・継続的な制度改革
働き方改革は一度の施策で完結するものではなく、PDCAサイクルを回しながら継続的に改善していくプロセスです:
現状分析と課題の可視化(労働時間、有給取得率、離職率など)
優先順位を付けた施策の実行(まずは「できるところから」)
効果測定と課題抽出
施策の改善と展開
特に重要なのは「社内の声を聴く」ことです。従業員アンケートや座談会などを通じて現場のニーズを把握し、実効性のある施策を設計しましょう。
経営戦略との一体化
働き方改革を単なる「福利厚生の充実」と位置づけるのではなく、経営戦略と一体化することが重要です:
経営計画への明確な位置づけ
経営指標との連動(生産性、創造性など)
投資対効果の検証
人材戦略との連動(採用・育成・定着)
特に経営層のコミットメントが不可欠です。トップ自らが働き方改革の意義を語り、率先垂範することで、組織全体の意識改革が加速します。
組織風土・評価制度の変革
制度だけを整えても、それを活用できる組織風土がなければ絵に描いた餅となります:
長時間労働を美徳とする価値観の是正
多様な働き方を受容する風土づくり
時間ではなく成果で評価する制度への移行
管理職の意識・行動変革(マネジメント研修等)
特に重要なのは「制度利用者が不利にならない仕組み」です。制度を利用したことで評価が下がる、キャリアが閉ざされるといった事態が生じないよう、公正な評価制度の設計が必要です。
多様な働き方の実現は、企業の持続的成長と従業員の幸福度向上を両立させる「Win-Win」の関係を構築します。法的義務としてではなく、企業価値向上のための戦略的投資として、積極的に取り組んでいきましょう。
次回予告:労務管理実践編⑥ 「人事評価制度と処遇設計の実務」
次回は、労務管理実践編の第六回として、「人事評価制度と処遇設計の実務」について解説します。公正で納得感のある評価システムの構築から、成果主義と年功序列のバランス、モチベーション向上につながる報酬制度の設計まで、人材マネジメントの要となる人事評価・処遇設計のポイントを詳しく解説します。どうぞお楽しみに!

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