社労士が解説:労務管理実践編③ メンタルヘルス対策と休職・復職支援の実務
- 代表 風口 豊伸
- 12 分前
- 読了時間: 8分
はじめに
前回の記事では、「労働時間管理の実務と法的リスク回避」について解説しました。適切な労働時間管理が、法的リスクを回避し、従業員の健康維持に繋がることをお伝えしました。
今回は労務管理実践編の第三回として、企業にとって重要性が増している「メンタルヘルス対策と休職・復職支援の実務」に焦点を当てます。厚生労働省の調査によれば、メンタルヘルス不調による休職者が増加傾向にあり、企業における適切な対応は経営上の重要課題となっています。
本記事では、メンタルヘルス不調の予防から発見、適切な休職管理、そして円滑な職場復帰支援まで、企業の安全配慮義務を果たしながら従業員の健康を守るための実務ポイントを解説します。人事労務担当者だけでなく、管理職の方々にとっても、法的リスク回避と生産性維持の両立を図るための重要な指針となるでしょう。
目次
メンタルヘルス対策の法的根拠と企業責任
メンタルヘルス不調の予防と早期発見
休職制度の適切な運用方法
効果的な復職支援プログラムの構築
メンタルヘルス対策の実例とトラブル対応
まとめ:持続可能なメンタルヘルス対策の実現に向けて
1. メンタルヘルス対策の法的根拠と企業責任
安全配慮義務とメンタルヘルス
使用者は労働契約法第5条に基づき、労働者の安全と健康に配慮する義務(安全配慮義務)を負っています。この義務は身体的健康だけでなく、精神的健康にも及びます。安全配慮義務を怠った場合、損害賠償責任が発生する可能性があります。
実際に、過重労働によるうつ病発症や自殺について、企業の安全配慮義務違反を認める判例が増加しています。適切なメンタルヘルス対策は法的リスク管理の観点からも重要です。
ストレスチェック制度と企業の義務
労働安全衛生法の改正により、従業員50人以上の事業場では、年1回のストレスチェックが義務付けられています。ストレスチェック制度の主な目的は以下の通りです:
労働者のストレスの程度を把握し、自己awareness(気づき)を促す
職場環境の改善につなげる
メンタルヘルス不調の未然防止を図る
実施にあたっては、医師、保健師等による実施、実施者の独立性確保、個人情報保護などに留意する必要があります。
2. メンタルヘルス不調の予防と早期発見
一次予防:職場環境の改善
メンタルヘルス不調を未然に防ぐための一次予防は最も重要です。効果的な一次予防策には以下があります:
職場環境の改善:
長時間労働の是正
適切な業務量の設定と公平な分配
ハラスメント防止策の徹底
コミュニケーション強化:
定期的な1on1ミーティングの実施
上司と部下の信頼関係構築
働きやすい職場風土の醸成
セルフケア研修:
ストレスマネジメント研修の定期実施
ワークライフバランスの重要性の周知
メンタルヘルスリテラシーの向上
二次予防:早期発見と対応
不調の兆候を早期に発見し、適切に対応することも重要です:
管理職による観察:
出勤状況の変化(遅刻増加、早退頻発)
業務効率の低下、ミスの増加
表情や言動の変化(無口になる、イライラする)
相談窓口の設置:
社内相談窓口の周知徹底
外部EAP(従業員支援プログラム)の活用
産業医・保健師との連携体制の構築
早期発見のためには、管理職のラインケア能力向上が鍵となります。管理職向けの研修を定期的に実施し、部下のメンタルヘルス不調のサインに気づける体制を構築しましょう。
3. 休職制度の適切な運用方法
休職制度の設計ポイント
メンタルヘルス不調者への対応として、適切な休職制度の設計・運用が重要です:
就業規則への明記:
休職事由と要件(診断書の提出など)
休職期間(勤続年数に応じた期間設定が一般的)
休職中の処遇(賃金、賞与、昇給、勤続年数算入など)
休職開始時の手続き:
診断書の確認(病名、療養期間、就業制限の内容)
休職中の連絡方法や頻度の取り決め
傷病手当金など社会保険給付の案内
休職中のフォロー体制
休職者の回復を支援し、円滑な職場復帰を実現するためのフォロー体制も重要です:
定期的な状況確認:
本人の回復状況の把握(無理のない範囲で)
主治医の見解や治療経過の確認
職場情報の提供(必要に応じて)
休職期間満了への対応:
期間満了前の面談実施
復職の可能性や延長の必要性の確認
期間満了による退職となる場合の丁寧な説明
休職制度の運用にあたっては、休職者のプライバシーに配慮しつつ、適切な情報収集と支援を行うバランス感覚が求められます。
4. 効果的な復職支援プログラムの構築
復職判断の基準と手順
復職支援の第一歩は、適切な復職判断です:
復職可否の判断基準:
通勤が安全にできる
決められた勤務時間の就労が可能
職場の協力があれば職務遂行が可能
治療と就労の両立が可能
復職判断の手順:
主治医の復職可能の診断書取得
産業医面談による就業可否の判断
復職面談(人事・上司)での具体的調整
最終的な復職可否の決定
リワークプログラムと段階的復帰
円滑な職場復帰を実現するためのプログラム設計も重要です:
リワークプログラムの活用:
医療機関や支援機関のリワークプログラム活用
生活リズムの回復や集中力、持続力の向上
復職前の準備としての効果
段階的復帰の実施:
短時間勤務からの開始
業務負荷の段階的増加
定期的な状況確認と調整
リハビリ出社制度の導入
職場復帰支援プラン:
具体的な業務内容と量の設定
残業禁止や時差出勤等の配慮事項明確化
サポート体制の確認(上司・同僚の関わり方)
モニタリング方法と頻度の設定
5. メンタルヘルス対策のトラブル対応
よくあるトラブルと対応策
メンタルヘルス対応で生じやすいトラブルとその対策も押さえておきましょう:
診断書の扱いに関するトラブル:
課題:診断書と実態の乖離、複数診断書の矛盾
対策:産業医への意見求め、主治医との連携(本人同意の上で)
復職判断の不一致:
課題:主治医「可」、会社「否」の判断齟齬
対策:職場復帰支援プログラムの明確化、段階的復帰制度の活用
プライバシー配慮と情報共有のバランス:
課題:病名開示範囲、職場への説明方法
対策:本人との事前合意、必要最小限の情報共有ルール策定
トラブル予防には、メンタルヘルス対策についての明確な社内ルールの策定と周知が重要です。また、個別ケースへの柔軟な対応と一貫性のバランスを取ることが求められます。
6. まとめ:持続可能なメンタルヘルス対策の実現に向けて
メンタルヘルス対策は、法的リスク管理という側面だけでなく、従業員の健康と企業の持続的成長を支える重要な経営戦略です。効果的なメンタルヘルス対策の実現には、以下の3つの視点が重要です。
総合的アプローチの必要性
予防策の強化
一次予防(職場環境改善)への投資
ストレスチェック結果の組織分析と活用
ラインケア・セルフケア教育の継続実施
体制の整備
産業保健スタッフの充実
外部資源(EAP等)との連携強化
復職支援プログラムの標準化
組織文化の醸成
メンタルヘルスに関する偏見の払拭
心の健康を大切にする風土づくり
経営層のコミットメントと理解促進
個別性と一貫性のバランス
メンタルヘルス対策では、一人ひとりの状況に応じた個別対応が必要ですが、同時に公平性を担保するための一貫したルールも重要です。この相反する要素のバランスを取るためには:
基本的な対応フローの明確化と周知
個別事情を考慮できる柔軟性の確保
判断基準の透明性と客観性の担保
中長期的視点での取り組み
メンタルヘルス対策は短期的な成果を求めるのではなく、中長期的な視点で継続的に取り組むことが重要です:
定期的な効果測定と施策の見直し
予防から復職後のフォローまでの一貫したサポート
働き方改革や健康経営との連携
適切なメンタルヘルス対策は、従業員の健康と幸福を守るだけでなく、生産性の向上、離職率の低下、企業イメージの向上など、経営面でもさまざまなメリットをもたらします。法的義務の履行という消極的な姿勢ではなく、「従業員の心の健康は企業の財産」という積極的な視点で取り組むことが、これからの時代に求められています。
次回予告:労務管理実践編④ 「ハラスメント防止対策と職場環境整備」
次回は、労務管理実践編の第四回として、2020年6月から強化された「ハラスメント防止対策」について解説します。パワーハラスメント防止措置の義務化に対応するための具体的方法から、セクハラ・マタハラ対策まで、企業としての責任を果たしながら健全な職場環境を構築するためのポイントを詳しく解説します。
ハラスメント問題の未然防止と発生時の適切な対応について、実務的なノウハウをお伝えしますので、どうぞお楽しみに!

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